俺とアッシュは兄弟というにはあまりにも似ていて、双子というにはあまりにも違っていた。
それが被験者とレプリカだと言われればそれで終わりなのかもしれないけれど、俺たちの関係は、はいそうですかとそう簡単に割り切れるものでもなかった。
今でこそ少しはマシになった(ように思う)けど、最初は酷かった。
顔を合わせれば、憎いだの、屑や劣化レプリカと言うだけ言って去って行ってしまう。
感動の再会なんてものを期待してた俺の予想に反して扱いはちっとも変わってなかった。
まぁ、期待する俺も俺だけどさ。
でも、還ってきて開口一番に言われたのが
「この屑!何で還ってきやがった」
じゃあ俺もいい加減、頭にくる。
馬鹿にすんな、と反論はするだけしたけれど、俺の語彙がどうにも少なくて、結局最後にはアッシュの一方的な蔑みの言葉を聞くしかなくなった。
あ〜、思い出しただけでも腹がたつ。
なんで俺がレプリカで還ってきて怒られなきゃならない。そんなに気に食わなきゃ出ていけば良いのに、邸にいるから嫌でも顔を合わせる機会は多くなる。
いっそのこと俺が出ていってもいいんだ。アテはなくはない。あるともいえないけれど。
一度、実行に移そうとしたら母上に止められた。
さすがに縋り付かれて泣かれたら出て行くに出て行けない。
だから、今もこうして邸にいるしかない。外に出れるだけ前の軟禁生活よりましって考えるべきなのかな。最も以前みたいな旅はできない。何処に行くにしたって白光騎士が護衛だといってついてまわるし。やってられなくて再びついた家庭教師の課題も放り出して外を眺めてる。
そう言えばこの窓からいつもガイが忍び込んで来てたんだっけ。
よっと身を乗り出してちょうど邸の裏手にあたる場所に足をつく。
警備に当たってる白光騎士が見ればすぐに止めに来るだろうけど巡回パターンは昔から全然変わってないから今は来ない。
ガイがいつも此処から俺の部屋に来てたのは、少し行ったところに裏口があるからだ。使用人専用で俺が一度も通ったことはない外への道が。
一歩出ていくのは簡単だ。でも、それをしないのは変えられない現実があるからで、帰ってきた時に面倒になるからだ。
「レプリカ!いるか?」
そんなことを思っていたら部屋の入口の方からノックと共に嫌と言うほど聞きなれた声が聞こえた。そんなに怒鳴らなくたって聞こえてるつーの。せっかく今日は会わなくて済むと思ったのに。
返す言葉を俺は持っていない。たとえ、部屋の中にいても無視を決め込むのがいつものパターン。それに返事が無くてもあってもアッシュはずかずか他人の部屋に入ってくるから無意味だ。一度、関わりたくなくて鍵をかけたら、扉ごと壊された。それ以来鍵はかけてない。修繕費用も馬鹿にならないから。
今日なんて、俺が外にいるところなんて見られたら余計に怒られるだろう。
戻ろうと窓枠に足をかけて、ちょっとしたことを思いついた。
「入るぞ!」
返事が無いのに業を煮やしたのか、ドアノブがゆっくり回され俺を悩ませる張本人が現れる。
当然、俺が部屋にいるものと思っていたアッシュは空の部屋を見て驚いてる。いい気味だ。
しばらく部屋を見渡していたが、小さな部屋に隠れるスペースは何処にもあるはずがない。
突然、俺を探していた瞳がある一定の場所で止まる。もしかしてバレたか?と思って身を隠したがそうではないらしい。明らかに俺のいる場所とは違う方向を向いている。アッシュの視線を追ってみるとそこには開け放たれたままの窓。
「…ちっ!あの屑が!こっちがどれだけ心配しているか分かってやがるのか!」
…は?
「あいつがレプリカだと言うことは周知の事実だ…が、あいつ自身は今のレプリカの扱いがどれだけ酷いものか知らねぇ」
…。
「一刻も早く見つける必要があるな…くそ!手間かけさせやがって!」
乱暴に閉められたドアの音でようやく俺は我にかえった。いや、かえることができた。
目の前で起こったことに頭が追いつかなくて窓の下にずるずると座り込み、思考の海へとダイブする。
アッシュが俺の心配?
だってそんなことありえない。
誰よりも俺が消えて欲しいと思っているアッシュが俺の心配をするなんて。
「あ…」
考えて、考えて、やっと出た答えは到底信じがたいものだったけれど、彼の性格ならそうするに違いなかった。いや、そうしかできない。
還ってきて最初に言われたあの言葉はそのままの意味じゃない。
どうして還ってきてしまったかを問うものだけど、それをさっきのアッシュの言葉と合わせれば、レプリカを快く思っていない人々がいることは推測できた。
(俺はそんなことも知らなかった。気にかけてもいなかった。俺と同じレプリカの人々が何人も何十人も何百人も何千人もいるのに。)
白光騎士の護衛だって一度父上に文句を言ったらアッシュがそうさせていると聞かされた。
あれは嫌がらせじゃなくて俺のため…?
(じゃあ他のレプリカは…?俺だけ必要以上に守られてる?同じなのに?)
全てのことが線で繋がって行き着く先が俺ということ。
すっきりしたらなんだか笑いがこみ上げて来た。
(それは安堵からだけじゃないきっと。)
今頃、アッシュは白光騎士団を連れて街中を探し回っているだろう。それで見つからなければ国中。最後にはマルクトも含めてオールドランド中を探し回る。
その前に見つかってあげないといけないけれど、せめてバチカル市街だけでも血眼になって俺を探し回ってもらおう。そうしないと面白くない。
部屋の時計を見遣れば、巡回の白光騎士がやってくるまであと少し。
それまではこの午後のひと時を楽しもうと思った。
報告を受けて帰ってくるであろうアッシュの必死そうな顔を思い浮かべて。
俺からのささやかな嫌がらせは彼を怒らすだけなんだけど、今はそれが無性に嬉しく感じた。
どうにも「いまひとたびの生を」本編にはありえないもうひとつの「いまひとたびの生を」です。
設定は、ほぼ一緒。
アッシュの性格以外が。
俺たちの関係は 2007/03/07