俺が還ってきた時はこれほど喜ばれただろうか。







正直、ルークが羨ましい。
自分のレプリカはあんなにも慕われているというのに、俺にとってはなんだか遠い世界に思える。


極力、人を避けてきた俺にとってあの輪に加わることは憧れでもあったが、同時に恐れでもあった。
だから、中途半端に応接間の壁に寄りかかって事態が収まるのを待つしかない。気に入らないなら出て行けばいいのに、だ。




そんな俺を見かねたのか父上が声を掛けてきた。
「ルークは本当に慕われているのだな」

思えば、こうして父上と話をすることなどめったに無かった。
それは、俺が預言通りアクゼリュスで死ぬと詠まれていた為か、それとも超振動を一人で起こすことができる兵器としてしか見ていなかった為か。
どちらであっても、もう関係の無いことだ。この世界は預言から外れ始めたのだから。
だが、いざこうして話す機会があったとしても何を話して良いかも分からない。
元々、父上とはまるで義務のような報告しかしたことがない。なにより父として何かしてもらった覚えが無い。最も物覚えが始まる前はどうであったか定かではないが、記憶にある限りそうだ。

「どうした?お前も加わってくればいいだろう」

黙ったままでいると思いもかけないことを言われた。

俺にあの輪に加われと?

「必要ありません」
冗談じゃない。

「そうは言ってもこれからも此処で暮らしていくのだろう。お前もルークも。一番理解してやれるお前が傍に居てやれなくてどうする」

それを今更言うのか。
俺に「ルーク」に何もしなかったくせに。

何も言い返さない俺に何を思ったのか父が手を振りかざしたのが見えた。
どうせ殴るのだろう、と覚悟したが、衝撃はいつまで経ってもやって来ない。

代わりに頭に上にぽんと手を置かれ、くしゃりと髪を撫でられた。

「すまなかったな。アッシュ。」


一瞬何を言われたのか分からなかった。
今更、謝罪の言葉など…


「お前は紛れも無く私の息子だ。私に似て、人と付き合うのが下手だからな」

それだけを言い残して、父は騒ぎを沈めるべく輪の中心へと向かって行った。
滲んだ景色の中、その背中がいつもと違って少しだけ大きく見えた。




父の一言で事態はようやくおさまる気配を見せ、使用人やメイド、白光騎士がそれぞれの持ち場に戻る中、俺がいないことに気づいたルークが周囲を見回していたが、俺の姿を認めたのかこちらに歩いてくる。俺はその顔を見て目を逸らした。
「まいったなぁ…」
手を頭に当てて困ったようにつぶやくが、その顔は嬉しさでいっぱいだった。

「俺が還ってきただけで邸がこの騒ぎってことは…ってアッシュ?」
「…なんだ」
話の途中で唐突に名を呼ばれ、何事か、と思うが一応返事はしてやる。

「あっ…と…え〜っと…その…」
「はっきり言え!」

「もしかして、もしかすると……泣いてる?」
何を言い出すんだコイツは。
泣く?俺が?
冗談も大概にしろと顔を上げた瞬間、熱いものが頬を伝った。

「ほら」
伸ばしたその手でルークが俺の頬を伝うものを拭う。


どうしてなのか自分でも分からなかった。
嬉しいのか悲しいのかさえも。



気づいたら俺は走り出していた。
泣いている姿は見られたくなかった。
邸の人間には言うまでもなく、父や母にも。そしてルークにも。

(いや、ルークに一番見られたくなかった。)

もう泣くまいと誓ったあの日の決意はどうしたというのだ。名を捨て、家を捨て戻らないと心に決めたのに。それほどやわな決意だったと言うのか。

食事中ということは、もうどうでも良かった。




アッシュは父からの愛情に弱いです。強がって見せたって内面はまだ子ども。
ルークよりは年上ですけど。



涸れ果てたはずの涙 2007/03/16