思考を止めるな。考え続けろ。

ジェイド・カーティスの誰よりも速く回転するはずの脳は、その2つの言葉で今は占められていた。







あれが…「ルーク」がレプリカだと気づいたのはいつだった。確信に近いものを得たのは間違いなくあの時。「ルーク」が『ルーク』と顔を合わせ、剣を交えたあの時。

いや、違う。

それ以前に気づいていたはずだ。
…いつ?どこで?

エンゲーブで初めて出会った時?
…公爵家の我がままな坊ちゃんだった。

六神将にタルタロスを襲われた時?
…確かにあの時、『ルーク』の、アッシュの顔を見ていたはず。



…岬のコーラル城であの譜業装置を見た時?

そう。あの時には既に分かっていたはずだ。「ルーク」がレプリカだということに。
それを確信が持てないから、と先送りにしていた。


…先送り?
違う。自分を見るのが嫌だったのだ。ジェイド・バルフォアを。あれを自分の罪だと認めるのが。忘れることも出来ない。自分の過去を。(サフィール・ワイヨン・ネイスと共にレプリカ研究をしたのが汚点なのではない。)

そして、気づかぬ振りをしてきた。
ここに存在する「ルーク」が自分への罰であることを。





「もしも…自分が自分でなかったらどうします?」

あの質問をしたのは何故だったのか。師が、初めて作ったレプリカが敬愛する師でなかったように。師に聞いてみたかったことを聞きたかったのかもしれない。答えてくれるはずはなかったのに。


「いつかあなたは私を殺したいほど恨むかもしれません」

「ルーク」には権利がある。いや、全てのレプリカに殺す権利がある。




歴史にIFが可能ならレプリカ研究などしなければ良かったのだ。歴史から逸脱した、預言から外れたレプリカを生み出さずに済んだ。後悔せずに済んだ。

しかし、そのIFは同時にオールドラントを預言通り滅びへと向かわせるものだ。瘴気と耐用年数を過ぎたパッセージリングの崩壊によって。そして祖国マルクトはキムラスカ王国に滅ぼされ、幼馴染の血が玉座を染めるのだろう。


それでは意味がない。

なにより「ルーク」が存在することはなかったし、そもそも彼と出会ったきっかけとなったイオン様も存在しないことになる。

そして自分はキムラスカとの戦で命を落としていたかもしれない。


形はどうであれレプリカ研究はやはりオールドラントを救うのだ。尊い犠牲の上に。何千何万という人がレプリカ情報を抜かれ、一部の人は命を落とす。

一万と一人のレプリカの犠牲によってこれからも生きていこうと考えた自分が恨めしい。
自分への罰を見て見ぬ振りをしたのだ。目を逸らしたのだ。現実から逃げたのだ。
そうしなければ、オールドラントは滅ぶと無理やり納得させて。


なるべく多くの人が助かるように。

合理的にしか考えることが出来ない脳なんて要りはしない。
結局、自分が生み出した目の前の子どもは、そして自ら死へと赴こうとしている。

いや、彼に死へと追いやったのは紛れもなく自分。

「死んでください」

自分はそう言ったではないか。
一番卑怯なのだ。自分の手を汚さずに世界を救い、そして一万のレプリカを第七音素の塊として扱い、殺すのだ。

その結果を客観的に見た歴史はこう著すのだろう。
『ジェイド・カーティスの発案したフォミクリー技術によって造られた一人のレプリカがオールドラントを救った』と。

それは己の罪を未来に渡って記すことになる。最もつらいもので、その事実は風化しない。

「…冗談ではない」

だから考えるのだ。無駄とは分かっていても。過去に完成させた理論が邪魔をしようとも。
思考をやめたとき己はあの子どもを殺すことになるのだ。






























結局、あの子どもは自分を憎みもせず、殺しもしなかった。勝手に還ってしまった。
残されたのは永遠に許されることのない贖罪の日々。

残されたレプリカを救うという贖罪の日々。
「ルーク」は還ってこないというのに。



















2年が経って、彼が還って来たとき。あの姿で現れたとき。
心底恐ろしかった。一歩も動けなかった。彼は私を裁きに来たのだ。断罪しに来たのだ。大爆発で被験者が取り込むのは、記憶だけのはずだったからだ。それにもかかわらず、彼は「ルーク」の姿で現れた。ありえないことだ。自分の理論が覆されるなど。

それでも現に彼はここにいる。彼に記憶が受け継がれているのなら、たとえ泣いて許しを請うたとしても私の罪を許しはしないだろう。彼の性格からしても…だ。





彼はかけがえの無い半身を失ったのだから。
(私が殺してしまったのだから。)






ND2020・ローレライデーカン・レム・48の日の断罪。




ジェイドは確信得られない状況でも仮説として皆に話していたら未来は変わっていたように思います。
それはIFになってしまうのですが…。ジェイドはルークかアッシュになら殺されてもいいと心の奥では思っているのではないでしょうか。



断罪 2006/12/30
加筆修正 2007/01/04