零れて、毀れていく自分の音素
第七音素で出来ている自分の身体
この髪も、目も、口も、耳も、手も、足も、躯も
俺の構成する全てがこぼれていく
こぼれ落ちた音素同士がまた結合して一つの流れになる。そうしていくつか流れが集まってだんだんと奔流となっていく。
抱きかかえる青年へと流れる音素が分かる。これが音素乖離で、大爆発なのだと他人事のように見ていた。全然恐くない。今まで、生きてきた中で一番落ち着いてるから。元に…還るだけだから。
あの時とは正反対だ。
レムの塔で死を目の当たりにした時とは。世界のために死ぬのだと。消えるのだと。自分の同胞を巻き添えにして。納得したはずなのに心のどこかで嫌がっている自分がいた。それしか世界を救う術はないのだと。従わぬ心に言い聞かせて。
あの時、無性にさびしく思った。自分と同じレプリカもたくさんいて一緒にゆくのだというのに。独りで消えるのではないのに。
心のどこかで、思ってた。
死にたくない。
死にたくない。死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
俺は…俺はここにいたい。
誰のためでもない…俺は生きていたいんだよ!
見て見ぬ振りをしていた想いがこぼれてしまった。張り付いた笑顔でなんとかこぼれずに済んでいた想いが。一度あふれ出すと止まらない。抑えがきかない。
そんなんだから中途半端に世界に残ってしまった。納得していない心が最後の最後で勝った。
きっと…アッシュが手助けしてくれなくても残ったに違いない。(そう言ったら、また屑だの劣化レプリカだの言われたに違いない。)
世界は俺が消えることを許しはしなかった。役割を果たさずに消えることを星の記憶は拒んだ。
でも
もう一度消える機会を世界は用意していた。ローレライの解放という機会を。そのためにタイムリミット付きの命を与えた。
もうどこまで星の記憶なのか分からない。全てが最初からそうであったのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
最期に交わした約束は守れないことは分かってた。皆も分かっていただろうに(ジェイドは特に)、まるで義務のように約束をさせる。帰って来い、と。
果たされることの無い約束を。
守れない約束を。
泣きたかった。泣けなかった。どう泣いていいかわからなかった。
だから精一杯の笑顔でごまかした。
体が軽くなる。もうどこまで乖離したのだろうか。
もう、何も見えない。言えない。
そう…
言わなくていい。
言わなくていいんだ。
自分がいない世界を少しだけ見てみたいという願いは。
欲張ってはいけない。
その先を見るのは俺ではない俺。
俺は俺の一部となって還るだけ。
自分の目、耳を通して世界を視るのは叶わぬ夢。
ありえない命を与えられた奇跡。その奇跡を懸命に生きてここが終着点。
十分じゃないか。俺はこの両手に抱えきれないものをたくさんたくさん皆からこの世界からもらった。もらい過ぎてこぼれてしまうほどに。
だから、世界を救うのは俺が出来る唯一の恩返し。俺にしか出来ない。(本来ならそれもアッシュの役目だったのに…)
もうここには誰も居ない。自分と彼以外には。
先ほどまで周りにいたローレライも今は遥か上空の音譜帯。
最期になら許されるだろうか。
隠し続けてきた想いを伝えるのは。卑怯かもしれないけれど、後悔しないために。
溢れてくる感情を抑えられない。
自分は感情のコップが小さいのだろうかと自嘲せざるを得ない。
でも、これが最初で最期の機会だろうから。
これくらい許してくれと、全身のフォンスロットを開いて周りの音素に呼びかける。
いつだってアッシュは俺を気遣ってくれていた。
アッシュの目を通して世界を見させてくれた。だから、俺は変わろうと思えた。
オアシスでも、変わった様子は無いか俺のことを気にかけてくれた。外殻大地を降ろす時だって、俺のことを信じてくれてラジエイトゲートから手伝ってくれた。
最期の時だって…俺に全部託してくれた。
だから
「すき…だったよ…」
不器用で優しい
「あっ…しゅ…」
音になっていたかも分からない。自分から回線を繋げられたことは一度も無かったから。いつも一方通行。
それでも、俺は満足していた。返事は期待できないけれど。
今更のように、恐くないのは、落ち着いていられたのはアッシュが傍にいたからだと気づいた。
それが…最期の記憶。
「…屑が」
僅かに口元を歪ませて…
その言葉はもう届かないと知りながら…
(ほら…やっぱり屑って言った。)
不器用な恋の結末?
EDのあれです。ここは捏造せずにはいられないでしょう。
この後は長編「いまひとたびの生を」の方へ繋がっていたりします。
ちなみに文章中に反転箇所があります。
一方通行 2007/01/06