「せっかく還って来たって言うのにその顔は無いんじゃないか?アッシュ?」
眼の前に居る人物は俺の部屋に勝手に上がり込み、クスクスと嗤って俺に向かって言葉を吐いた。
これは誰だ。
還って来た時に唯一人、一歩も動こうとしなかったあの眼鏡…ジェイド・カーティスを問い詰めた。どういうことだ、と。
俺は消えるはずだった。大爆発によって。それでも俺は生きた証が欲しかった。全てに決着を付けたかった。それでもあの時、ルークに負け、レプリカの神託の盾の兵士に刺されて…
大爆発が起こる前に死んだ。その実感は確かにあった。
胸倉を掴んで問い詰めたら、あっさり答えを言いやがった。
「それは貴方の勘違いなのですよ。貴方はその短気が原因でスピノザから肝心なことを聞き忘れた。最も大事な部分を…」
聞けば、大爆発は確かに起こったそうだ。此処に居る俺が何よりの証拠だと。
そして大爆発は被験者がレプリカの音素を取り戻そうとすることで起こる音素乖離によって生じ、特殊なコンタミネーション現象によってレプリカの音素を被験者が吸収する形になり、結果生き残るのは被験者だ・・・と。
淡々と事実を述べたジェイドの言葉に愕然とした。
もうアイツは、ルークは還って来ないのだと痛感せざるを得なかった。最後の最期で俺はやっとルークを認めることが出来たのに。もう自分のレプリカではなく一人の人間なのだと気づいたのに。
この結末はつらすぎる。
しかも、俺の中にはルークの七年間の記憶もある。
それが二重の苦しみをもたらした。ルークはルークで決して他人には言うことができない痛みを抱えていた。俺は理解してやれなかった。分かり合える時間も無かった。もう何もかも遅すぎたのだ。
俺はそれでも生きていかなくてはならなかった。
バチカルには「ルーク」の還る場所がある。
セレニアの花が咲くタタル渓谷からバチカルに戻り、邸に戻り、「ルーク」の居場所におさまる。それが当然のような道がもうできていた。たとえ道が無くても俺は還らなくてはならなかった。それは俺が負った罰だったからだ。
こんな皮肉な形で幼少期に叩き込まれた帝王学や貴族としての振る舞いが今になって役立つとは思いもしなかった。アッシュと名乗った時からそれらはもう二度必要の無い知識であったし、ダアトに連れて行かれてからは剣の腕を上げることに専念していた。たとえ記憶が忘れていても、体が覚えている。
朝からの公務を終えて、並べられた豪華な夕食を両親と共にとり、自室に−俺の部屋がある離れに−戻ろうと中庭を通り部屋のノブに手をかける。
が、部屋の中に人の気配を感じる。ドアに隙間から僅かに漏れる部屋の音素灯の明かりがそれを証明する。
間違いなく此処は俺の部屋だ。他の誰のでもない。まさかこんな時間にメイドが掃除などしてはいるはずがない。居るとすれば不届きにも公爵邸に忍び込み、次期王位継承権を持つ己の命を狙う者に違いない。
そう瞬時に判断し、夜の気配が漂う中庭で護身用に持っている剣に手をかけ勢い良く部屋へ踏み込む。
抜こうとした剣は眼に飛び込んできた光景に阻まれ、役割を果たすことは無かった。
ああ、これは夢か幻か。
俺は相当疲れているらしい。
俺の部屋に姿見はない。
そのはずだ。
邸に仕えているメイドが置いたのだろうか。
それも無理がある。第一、部屋の真ん中に置くはずがない。
それなのにベットに腰掛けこちらに笑いかけてくる自分が居る。
勿論、俺は笑ってなどいない。
これは誰だ。
何も言葉にすることが出来ない俺を見て「俺」が口を開く。
「せっかく還って来たって言うのにその顔は無いんじゃないか?アッシュ?」
そう…その眼の前に居る人物は俺の部屋に勝手に上がり込み、クスクスと嗤って俺に向かって言葉を吐いた。
唯一人、思い当たった人物のあの朱と少しの金を帯びた髪はどこにも見当たらず、そこにある色は紅だった。
それでも声色はどこか懐かしいものに良く似ていた。違う。同じだった。
おーい?アッシュ?ちゃんと聞いてる?とか言って、手を振っているコイツを何かと理解するのに俺は一時間要した。
失われてしまった色。失ってしまった色。
捏造開始。
もう一人はあのひとしかいませんけどね。
いまひとたびの生を 2007/01/15