「おーい」
どこか遠くで声がする。実際には眼の前で発せられているのだが。
とりあえず整理だ。
タイミングというものを一切考えないで還って来るこの馬鹿に聞かなきゃならない。
「お前は誰だ?」
やっと反応したと思ったら今更それを聞く訳?とあきれ返ったように言った。
今更もクソもない。今此処にある事実を確認する方が先決だ。むしろ、しないと俺が混乱する。
念のためだ、と言うと、目の前のコイツは一つため息をつく。
「ルーク。正確には『ルーク・フォン・ファブレ』のレプリカ」
85%ぐらいで予想通りだ。あとの15%はこの際無かったことにする。色々聞くことが残っているからだ。
「どうやって還って来た?」
「何、また質問?」
いいから答えやがれ、と今度こそ腰にあった剣を抜きルークの喉元に突きつける。さすがに動じない。あの経験で少しは学習したらしい。もっとも答えれば何もしないが。
降参、と小さく言うと続けてなんとも曖昧な答えが返ってくる。
「あー、多分ローレライが何とかしてくれたんだと思う」
「いつ還って来た?」
「1ヶ月前くらい」
「何処に還って来た?」
「タタル渓谷」
よりにもよって同じ場所か、と心の中で悪態をつく。
つくづくローレライの完全同位体はあそこに縁があるらしい。
「此処は何処だか分かってるか?」
「キムラスカのバチカル。それもファブレ公爵邸の俺の部屋」
「どうやって忍び込んだ」
コイツが誰にも気づかれないで入り込むことなんて芸当は出来るはずがない。
忍び込んだなんて人聞きが悪いなぁ、と零す。
「堂々と入口から」
「外には見張りの白光騎士が居たはずだ」
「あーそれかー。『夜遅いのにご苦労様』って声かけたら『はっ!ありがたきお言葉』って言って何も止められなかった」
「…それは俺とお前を見間違えたんだ」
この天然はどうにかならないものか、と一人ごちる。還って来て悪化したようにも思う。
いや、その前に職務怠慢で白光騎士を一人クビにしなければなるまい。あとでラムダスに言っておこう。
「それでなんで此処に居る?」
「いやー応接間行ったら皆で食事してるじゃん。そんな所に堂々と出て行ったら失礼かなって。で、邸の中をうろうろしてるわけにもいかないから自分の部屋に入った。あ、今はアッシュの部屋?」
多少はまだ使える脳みそがあったらしい。もし、さっきの夕食中に来られたら間違いなく母上は卒倒している。
違う。問題は…そこじゃない。
「その髪の色はどうした?」
見て一番に分かる変化。俺と同じ紅の髪。キムラスカ王家に連なる証。
あの朱と金の混じった髪は何処にも見当たらない。
「…」
予想通りにだんまりを決め込むルーク。
部屋には沈黙が漂う。それでも数分間睨み付けてやるとぽつりぽつりと話し出した。
「…やっぱり、こんな色…俺じゃないよな」
いつに無く深刻そうに話すのを見てゆっくり剣を鞘に戻す。静寂に満ちた空間には思った以上に大きく響く。
そうしてベッドの開いたスペースに腰掛ける。
「タタル渓谷で気づいた時にはもうこの色だった。何かの間違いかと思って小川で何度も何度も洗った。落ちなかった。いくらやっても落ちなかった。…返り血を浴びてたんじゃなかったんだ。」
「…何でそこまでする必要がある」
「…この色は俺の色じゃない。この色は…この紅はアッシュの色だから」
この馬鹿はそんな些細なことで悩んでいたらしい。卑屈精神だけはどうやっても変わらないようだ。
大方あのローレライがルークを再構築するときに俺を模したのだろう。それは間違ってはいない。ルークは間違いなく俺の一部から出来ている。身体情報自体が正しいのならローレライにとって構築するのは容易かったはずだ。
劣化ということを忘れた以外は。
元々あの朱は身体情報の劣化で生まれた色なのだろう。
手を額に当ててはぁ…、とため息を一つ。
「だからお前は屑なんだ」
「屑って…俺、結構真剣なんだぞ」
見りゃ分かる。結構卑屈そうだ。
コイツには言わなきゃ分からない。
「色が何だ。お前はお前だろう」
えっ、とは口には出さなかったが、向けられた眼が物語っていた。俺と同じ翡翠色。そういえば眼の色は前から変わらなかったな。
「お前が此処に居る。無事に還って来た。それだけじゃ不服か?」
ぶんぶん、と頭を振って否定する。
「なら、それでいいだろう。もう悩むのはやめろ。」
「…うん」
「なんか安心したら腹減った」
ははは…とマヌケな顔で笑うところを見ると、どうやら些細な悩みは霧散したらしい。
俺にとっての問題はこれから始まるのにだ。
「屑が…ラムダスに何か作るよう言ってくる」
そう言って部屋をあとにする。
ふと見た月がさほど動いていないことに気づく。俺にとっては数十時間に感じられたが。
これから両親になんと説明すればいいのか。
…いや、ちょっと待て。もしかして今夜はアイツと一つのベットで寝なくちゃならねぇのか。
一つ屋根の下で寝るなんてどこぞの新婚じゃあるまいし。
どうやら俺は今日の寝床も探さなきゃならないらしい。
…そもそも、あの部屋は俺の部屋だ!
状況把握。アッシュにとっても読み手にとっても。
多少分かりにくいと思うので以下解説
アッシュが先に還って来ました。EDの例のシーンの人。
で、遅れること1年(くらい?)でルーク帰還。当然ですが、誰も居ません。
ローレライのミスで髪の色が朱→紅へ。アッシュとおそろいです。
本人は嫌がってますがね。
実際問題、レプリカ情報自体が被験者から取っているものなのでそっくりに出来るほうが成功だと思うんですが、稀です。
でも、ローレライだから失敗確率0。ある意味で失敗してます。
ルークの元々の色は朱。でも、あれは劣化してる色です。(多分)
他は変わりありません。
作中では書いてませんが、二人とも長髪です。
違いといえば普段ルークは前髪を下ろしてます。あと、眉間の皺。
同じ色、違う色 2007/01/22